神戸ABCの旅(5)「E」会下山

2019年6月23日の「編集長ブログ」に掲載した記事の再掲です

●第5回 「E」 会下山

 シリーズ「神戸ABCの旅」ですが、ようやく第5回です。神戸の地名をアルファベット順に1カ所ずつ訪ねていくうちに、長らく離れていた神戸の土地勘も戻るのではないか、という企画です。しばらくぶりですが、お付き合いください。

 Eということで「え」で始まる地名ですが、いろいろある中で決めたのがこちら。

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  会下山です。「えげやま」は、難読地名ではないかと思います。たぶん知らなければ読めない地名でしょう。標高は80〜85メートルほどだそうです。兵庫駅をまっすぐ山の方向に歩けば、半分以上は平坦な道のりです。山というか高台という風情で、山頂に近づく最後の5〜10分に坂道と階段を登る程度です。

 見晴らしはとてもよく、神戸らしい眺望景観の「50選」「10選」の両方に選ばれているということです。ただ神戸の風景を表す記号としてのポートタワーは、上の写真だと左上の方に小さく写っています。観光地的な神戸の眺望とは趣が異なることもあり、基本的には観光客ではなく、地元の人が楽しむ展望台という作りになっているかと思います。

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 この辺りは、やはり楠公さんへのリスペクトが強いエリアということかとおもいます。このほかにも「海員万霊塔」という石碑があります。命を落とした海員の慰霊碑ということですので、あるいは、こちらの方が近代以降の神戸らしいと言えるかもしれません。

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 そして謎の構造物。巨大な縫い針が地面に突き刺してあるのはなぜだろう、と思ったのですが、あとで調べたら神戸市内に15カ所だけ設置されたビューポイントのサインなのだそうです。神戸市として、ここが非常に「ほまれ高い」展望台であることを示しているのだそうですが、なぜ針の形をしているのでしょうね。この穴から覗きなさい、ということでもないようです。

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 会下山の下には、新湊川が通っています。もともとは前近代の港である兵庫津(ひょうごのつ)と、日米修好通商条約によって開港した神戸を隔てていた旧湊川を付け替えたのが新湊川で、川の流れを変えるために会下山には「湊川隧道」という大きなトンネルを掘ったという話です。

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 ただ、いま会下山の下を流れる湊川のトンネルは、「新湊川トンネル」という、さらに新しいものだそうです。阪神淡路大震災で被災したのをきっかけに、トンネルを改めることにしたと。そんな話の概要が、案内板に書いてありました。新湊川トンネルは、湊川隧道のデザインを引き継いだのですね。

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 都市の治水対策のために河川を付け替えた時は、しばしば両岸に加えて川底もコンクリートで固めて、できるだけ早く海に水を流してしまおうとすることもありますが、新湊川は川底をコンクリートにせず、親水スペースも作ったようです。もしかしたら、これも震災をきっかけに、改めて改修したのかもしれません。

 そんなことを考えながら新湊川を遡っていると、どの辺までが付け替えられた新湊川なのか、という興味が湧いてきます。明治以前の旧湊川の痕跡がどの辺りから見られるのか、というのを探してみようと思いついたのでした。

 「洗心橋」という橋のあたりまで川を遡ると、これまで直線だった川が曲がり始めます。そして、もう少し上流までくれば、川の合流地点に出会います。

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 合流するポイントの位置を大きく変えるのは、大きな工事になるだろうと勘を働かせたわけです。このポイントから洗心橋の間に、元の湊川の痕跡を見つけられるのではないかと。すると、ちょうどこの写真から後ろを振り返ったあたりに、伸びている道があったので、近づいてみました。

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 これは、新湊川ふれあい会館の前あたりになります。奥に見えているのが東山商店街のアーケードです。右側の家が建っている敷地と、左の道路が段差になっているのがわかります。これ、旧湊川の堤防の痕跡ではないでしょうか。違うかな。

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 湊川公園のあたりまでくると、かつて天井川だった旧湊川の痕跡として、旧堤防と地上との高低差が6〜7メートルあったのが、そのまま残っています。川を付け替えた跡地が新たな歓楽街「新開地」として大正から昭和にかけて隆盛を極めたのは、知られている通りです。

 2018年7月に新開地でオープンした寄席「喜楽館」は、1976年(昭和51年)に神戸松竹座が閉館して以来の演芸場だそうです。一時は隆盛を極めていた新開地も、昭和40年代にはかなり寂れていたということが想像されます。そのころには、すでに「神戸はかつて造船の街だった」という意識が高まっていたことでしょう。

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 もしかしたら、造船の街として極めた隆盛の名残りと言っても良いのかもしれません。新開地駅の地下街「メトロこうべ」で、ちょっと一杯、いただいて帰りました。もちろん(?)立ち飲みです。この日はすでに暑く、冷たい日本酒がありがたかったです。

▽シリーズ「神戸ABCの旅」
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