神戸ABCの旅(4)「D」道場(前編)

2019年5月4日の「編集長ブログ」に掲載した記事の再掲です

●第4回 「D」 道場(前編)


 シリーズ「神戸ABCの旅」の第4回です。神戸の地名をアルファベット順に1カ所ずつ訪ねていくうちに、長らく離れていた神戸の土地勘も戻るのではないか、という企画です。引き続きお付き合いください。

 Dで始まる地名は、どうしても来たかった場所「道場」です。

 JRには国鉄時代から、大都市向け特例制度があります。大都市を出発地または目的地とする長距離(201km超)の切符は、その都市内とJRが認める駅の最短距離までの運賃を適用する、というルールです。つまり尻手駅(神奈川県川崎市)から垂水駅(神戸市垂水区)まで乗車する場合、JRは横浜と川崎を一体とみなしていることもあり、戸塚駅(横浜市戸塚区)から甲南山手駅(神戸市東灘区)までの料金を適用するという制度です。ちなみに東京都区内〜神戸市内は、往復するなら東京都区内〜西明石の方が600km超に適用される往復割引でお得になります。

 そこで気になるのは今回のテーマの「道場」です。なぜ気になっていたかというと、これです。

01-1時刻表
交通新聞社「JR時刻表」より

 「(道場駅を除く)」。神戸市内行きの切符には必ず書いてあります。それで、切符を買うたびに「道場どこやねん」と思っていたのですが、これまで用事もなく、行く機会もありませんでした。そこで今回、道場を訪ねてみるのにはとても良い機会になったわけです。三ノ宮から970円。いったん尼崎に出て福知山線(JR宝塚線)に乗り換え、1時間ほどかかってたどり着いたのは道場駅。

01道場駅
無人駅だった

 電車が通り過ぎるとシーンとしている。無人駅でした。道場駅から千刈貯水池まで2.0kmだという案内表示がありました。あてもなく歩くわけにも行かないので、ひとまず神戸電鉄の神鉄道場駅をめざします。少し歩けば、こんな風景でした。

04田園風景
道場の田園風景

 のどかな風景。人口150万人の都市の一角とは想像も付かないような風景ですが、ここも確かに神戸市だというのが、電柱を見れば分かったりします。

03神戸市

 電柱には確かに「神戸市」とあります。見覚えのある巻き物です。さらに歩いて行くと、道に植えられた遅咲きの桜、ヤエザクラ?ヤマザクラ?が満開でした。

05八重桜
歩道に植えられた桜が満開

 この辺りは武庫川の支流、有馬川の川沿いを歩けるように遊歩道が整備されています。そして川沿いを歩いていると月見橋に差し掛かったところで、「松風」「村雨」という平安時代の姉妹と出会ってしまいます。

07月見橋看板
月見橋の案内板

 松風、村雨の姉妹といえば須磨の海岸から須磨離宮公園に向かう途中、離宮道の途中に「松風村雨堂」という、姉妹の供養塔などをまつった建物があります。謡曲の「松風」でも知られています。須磨に流された在原行平(業平の兄)が、須磨の浦で出会った姉妹を愛人にします。行平が京に戻った後も、姉妹は行平を慕い続けたという話です。須磨の松風&村雨姉妹が月を眺めた場所というけど、須磨からは遠いのはどうなっているのだろうという疑問が浮上するのですが、そこは「詳細は塩田八幡宮の立て札参照」だそうです。やや乱暴な気もするけど、特に急いでいるわけでもないので塩田八幡宮をめざすことにします。

08茅葺き屋根
かや葺きの家屋

 塩田八幡宮の入り口までは歩いて10〜15分の道のりなのですが、途中でかや葺きの家屋を見かけました。立派なお家です。神戸市北区はかや葺きの民家が700棟ほどあるそうで、日本でも有数のかや葺き農家が残っている地域なのだというのを聞いたことがあります。かや葺き農家が残ったのはなぜか。維持ができたということや、工場用地などに使われなかったとか、複合的な要因があるのでしょう。そんなことを考えながら歩いているうちに、塩田八幡宮の入り口まで到着しました。

09塩田八幡宮下
塩田八幡宮の参道入り口

 なんか立派な神社。本殿は小高い丘の中腹にあるようなのですが、その登り口にたどり着くまでに参道が整備されています。緑の柱に小さな屋根がついた架線柱のような構造物は、すべて電線で結ばれています。お祭りの時に提灯をさげ、提灯には電気で明かりが灯るのでしょう。こんな立派な神社を知りませず、申し訳ありませんでした。

 塩田八幡宮の本殿をめざして石段を登り始めるところの手前に、探していた例の立て札(案内板)がありました。

10厳島神社外観
厳島神社の外観

 写真の右下には「旧月見橋跡」という石碑が見えています。ここが、かつて月見橋があった場所だというのです。案内板によると、「摂津名所図会」では松風&村雨の姉妹は在原行平が京に戻った後、須磨の浦を引き払い、この地に住みつつ京の行平を恋い慕っていたことになっているそうです。ただ、須磨の松風村雨堂には、須磨の当地こそ行平が京に去った後、松風&村雨の姉妹が庵を結んだ地という説明があるようで、まあ諸説というわけですね。

 中世の日本では須磨も有馬もリゾート地なのでありまして、須磨は西国街道だし、有馬川沿いに有馬と京・大坂との人の往来があったことも想像に難くないというわけです。塩田八幡宮の周辺は、いまはすっかりのどかな場所ですが、にぎわった往時の名残りが松風村雨伝説ということなのでしょう。ちなみ往時とはいつか、という話なのですが、意外に最近のようなのです。1943年に三田〜有馬の国鉄有馬線が事実上廃止されるまで、この辺りは塩田駅の「駅前」でした。神戸電鉄の開業で有馬温泉までの動線が切り替わるまで、この辺はかなりにぎわっていたのではないかと想像されます。

 ちなみに旧月見橋の碑の隣には厳島神社という、ほこらがあります。

11厳島神社内
厳島神社の境内

 これは神社の周りに堀を張り巡らせて、水流が変化する前、この地に月見橋があったころの様子を再現している、という説明が例の案内板に書いてありました。でも水に浮かぶ厳島神社って、平清盛が大事にしたという安芸の宮島を連想してしまいますよね。須磨といえば一ノ谷なので、松風&村雨と平清盛に関連する伝説がセットになっていてもなんとなく理解できるような気もします。どうなんでしょう。田辺真人先生あたりにうかがうと、スラスラ答えてくださるのかもしれません。

 「立て札」は見つかり、所期の課題は解決しましたが、せっかくなので登ってみることにします。

12階段下
塩田八幡宮の参道・階段下

 本当に立派な神社でした。こんなの小学校3年の「わたしたちの神戸市」で習わなかったわけですが、郷土史がつまっている感じです。(後編に続きます

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