神戸滞在7カ月間は幸せなひととき 「命のビザ」生存者が82年ぶり神戸訪問

20230225ウェイランド氏

【神戸経済ニュース】「神戸で過ごした7カ月間は幸せなひとときでした」。神戸市の久元喜造市長に促されて語り始めたのは、現在オーストラリア在住で第2次大戦中にユダヤ難民だったマーセル・ウェイランド氏(95、写真)だ。第2次世界大戦中にリトアニア日本領事館の領事代理だった杉原千畝が、迫害から逃れるユダヤ系ポーランド人に対して発給した日本を通過できるビザ「命のビザ」で1940年に日本を訪れ、41年に中国に渡航するまでの7カ月間を神戸で過ごした。神戸を訪れたのは、それ以来82年ぶりだ。

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 「神戸では学校に通わせてもらった。とても小さな学校だったが、アメリカのミッションスクールで、英語を学びました。だから初めて英語を勉強したのは神戸だったんです」。ウェイランド氏は続けた。「大丸まで歩いていって、焼きそばを食べるのも好きだった」「親戚が神戸で買った女性用の美しい帯は、いまも残っています」「義兄がそろばんを2つ買って、1つを私の誕生日にプレゼントしてくれた」「宝塚にも行った」ーー次々に記憶がよみがえる。

 ただウェイランド氏はその後、神戸から渡航した中国で捕虜とされ、通学のためだけに外出はできるとはいえ収容所暮らし。終戦後にやっと建築と工学の大学に通うことのできたオーストラリアで、定住することを決めた。その後が厳しかっただけに、神戸で過ごした少年時代のひとときが、より輝いて記憶に残ったのかもしれない。久元市長は「その神戸も4年後(1945年)に米国の大空襲で当時の市街地の7割が焼け野原になった。改めて平和の尊さを思わざるを得ない」と話した。

 一方でウェイランド氏は「生まれ故郷のポーランドがいま、ウクライナからの女性や子供300万人を受け入れいている。日本人が我々の命を救ってくれたのと同じようなことを、祖国がしているのをうれしく思います」とも話していた。

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 同氏はテオ・ペータス駐日オランダ公使とともに24日午後、神戸市役所を訪れた。杉原千畝が日本への通過ビザを発給した根拠は、当時のリトアニアに駐在したオランダ領事のズワルテンダイクらが発給した、南米オランダ領キュラソー島を最終目的地とするビザを難民らが持っていたこと。東京のオランダ大使館で「キュラソービザ」を振り返る展覧会を23〜25日に開催したのをきっかけに、同大使館が生存者であるウェイランド氏を日本に招いたことで、82年ぶりの神戸来訪も実現した。

 同展覧会は3月16日〜5月30日に資料館「人道の港敦賀ムゼウム」(福井県敦賀市)でも開催。その後、岐阜県八百津町の杉原千畝記念館にも巡回する予定だ。ペータス公使は「神戸でも展覧会を開きたい」と呼びかけた。久元氏は「ぜひその方向で検討したい」と前向きに応じていた。そのうえで神戸市は、当時のユダヤ難民と交流した記録をまとめて神戸市立文書館(神戸市灘区)で展示した経緯なども紹介した。

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