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(解説)長距離フェリー50周年、神戸から1番船 陸運コスト上昇で再評価も

20180810阪九フェリー

 長距離フェリーの誕生から、ちょうど50周年を迎えた。戦後のモータリゼーションとともに隆盛を極めたが、高速道路網や本四架橋の整備で長期的に減衰する方向だった。ただ足元では物流の活発化に加え、ドライバー不足で再び脚光を浴びつつある。災害時のライフラインとしても期待が高く、快適な旅行の手段としての再評価に向けた「潮目の変化」かもしれない。(上の写真は神戸市東灘区の六甲アイランドフェリーターミナルに停泊中の阪九フェリー「つくし」)

 1968年8月10日、阪九フェリー(北九州市門司区)の1番船が門司港に向け、神戸市東灘区にあった当時の魚崎港を出発したのが、長距離フェリーの歴史の始まりだ。阪九フェリーでは50周年を記念した「せとうちデイクルーズ」を7月に開催した。今年の8月10日の乗船客には、これまで同航路に就航した船を描いた絵葉書を配布する。全国検定資格振興協会(岩手県北上市)は「阪九フェリー就航50周年記念ネット検定」を2019年3月まで開催中だ。

 長距離フェリーが登場するまで、フェリーといえば「渡し船」だった。だが貨物車や乗用車といった自動車の普及に合わせて、本州と北海道や四国、九州を結ぶ航路などを中心に、長距離の貨物輸送や移動手段として使われたのが長距離フェリーだ。平日はトラックを運び、休日は家族づれを乗せた乗用車を運ぶといった具合。渡し船としての航路も含め、1970年代には150を超える航路が開設され、ピークの80年ごろには240程度の航路があったという。

 だがフェリーの利用は1970年代後半、オイルショックからやや陰りが見え始める。1988年に香川県坂出市から岡山県倉敷市を結ぶ「瀬戸大橋」が開通。その後は1999年にかけて本州四国連絡橋3ルートが相次いで完成したことで、四国への輸送が陸運にシフトした。2000年以降には、高速道路のETC割り引き、2010年前後に休日特別割引「1000円高速」で、フェリーによる自動車輸送の低迷に拍車がかかった。宮崎港〜神戸港を結ぶマリンエキスプレスが2004年に経営破綻、これを引き継いだ宮崎カーフェリー(宮崎市)が17年に政府系ファンドも支援を受けるなど苦境は続く。(下の写真は神戸市中央区の三宮フェリーターミナルに停泊する宮崎カーフェリー「みやざきエキスプレス」)

20180810宮崎カーフェリー

 それがここにきて、情勢が変化しつつあるようだ。阪九フェリーによると、最近の平日はトラックなどでほぼ満船になっていた。物流需要が好調のうえ、トラック運転手不足による陸運コストの上昇などが背景とみられる。そこに7月上旬に発生した西日本の豪雨被害で高速道路が寸断された。このため九州方面への代替経路として長距離フェリーは注目された。JR西日本の山陽本線は現在も一部で不通の区間があり、まだJR貨物が代替ルートでの貨物列車の運転を始めていないことの影響も大きいという。

 振り返ってみれば、1995年の阪神淡路大震災のときも、2011年の東日本大震災の時も長距離フェリーのような大型の貨客船は活躍した。貨物や旅客を輸送する機能を持つのに加え、船内に寝泊まりできるという居住空間としての機能を持つのが長距離フェリーだ。

 このところ豪華客船の旅が注目されてテレビ通販でも人気商品だが、夏休みの旅行にフェリーを使った船旅というのはどうだろう。波が穏やかな瀬戸内海を通る船などは、揺れも小さく快適のうえ、豪華客船など問題にならないくらい手頃な価格で乗船できる。夏休みの計画がまだの向きは、宿を取る代わりに船内で1泊というルートも検討してみる価値があるのでは。(神戸経済ニュース 山本学)

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